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フェルメールへの誘い

そんな僕をフェルメールの世界に引き込んだのは、福岡伸一だ。彼のベストセラー『生物と無生物のあいだ』でも、盗まれた「合奏」のエピソードが出てくる。この本によって彼は名エッセイストとしての評価を確固たるものとし、その後も数多くの素敵な文章を書き続けている。そしてそのいくつかには、彼が愛するフェルメールが度々登場する。

しかし僕自身は、福岡が書いた文章の中で最も上品で美しく、読後も余韻に浸るほど印象に残ったのは、中篇エッセイ「オランダの光を紡ぐ旅」だ。彼の最高の作品だと、今も確信している。

この一篇に出会ったのはもうかなり前に遡る。『生物と無生物のあいだ』以前のことだ。それは、全日空国内線に乗ったとき、何気なく手にした機内誌「翼の王国」に載っていたものなのだ。エッセイの書き手がオランダに渡り、フェルメールの過ごした土地を歩き、彼のいた時代に思いを馳せる。大胆でワイルドな仮説を、緻密に丁寧に追いかけていく。筆者がどれだけフェルメールを愛し、どれだけ思い続けているのかが分かり、その鼓動の高まりまでが伝わってくるような、そんな文章に目を奪われた。書き手の名は福岡伸一。当時僕はまだ知らない名前だった。その後、『生物と無生物のあいだ』で彼の名を再び見つけたときの驚きは今も忘れられない。

印象深い文章にめぐり会うことは多々あろう。しかし、行動を変えさせる程に力強く胸を打つ文章に出会うことはそう多くはないはずだ。そんな数少ない一つが、僕にとってはこのエッセイだった。僕はまず翌朝真っ先に、ANAに電話をかけた。このエッセイの続編がどうしても読みたかったのだ。正確に言うならば、三回連載のものであり、僕はその最終回に出会ったのだった。だから、何としても第一回と第二回を読みたかったのである。

機内誌「翼の王国」を制作している子会社の連絡先を聞き、改めて電話をかける。バックナンバーがあればぜひ欲しいのだがと伝えると、在庫もあるのですぐ送ってくれるとのこと。お代はどうすればよいのでしょうかとおずおず聞くと、無料の機内誌なので送料のみでよいとのこと。本当ですか、ありがたい。そんな親切な対応が嬉しくて、僕がどれほどこの素敵なエッセイに惹きつけられてしまったのか少しのあいだ一方的に語ってしまう。そんな身勝手な話にも気持ちよい対応をしてくれた電話の向こうのお姉さん、改めてありがとう。

こうして届いた2冊のバックナンバー。通しで読み返しても、また心を奪われ、自分の気持ちまでオランダに旅立ってしまうようだ。そんな魅力に溢れたエッセイを載せたこの三冊の機内誌は、これからも僕の宝物であり続けるだろう。

そしてその翌週、エッセイの最後で紹介されていたフェルメール展に僕は足を運び、そこで初めてフェルメールの作品「牛乳を注ぐ女」と対面したのであった。それがきっかけとなり、僕はいまボストンにいる。彼のエッセイは、僕に電話をかけさせ、美術展に誘い、そしてこのアメリカでも3つの美術館に足を運ばせた。そして僕はなお、次はオランダに向かおうとしている。彼のこのエッセイにめぐり会わなかったならば、もしくは他の人がフェルメールについて書いたものだったならば、果たしてこんな気持ちになっていただろうか。ふとした偶然で目にした「オランダの光を紡ぐ旅」は、僕にとっては福岡伸一の最高の作品というだけでなく、およそ文章とよばれるものの中にあっても、とりわけ鮮やかに心に焼きついた一篇なのである。

(フェルメール編 完)


2011年8月追記:『翼の王国』連載エッセイが『フェルメール 光の王国』として待望の書籍化。

フェルメール 光の王国 (翼の王国books)




2009/10/10(土) | Art | トラックバック(0) | コメント(2)

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2011/08/01(月) 22:43:37 | | [ 編集]

tikin

『Re: No title』

初めまして、こんにちは。頂いたコメントを嬉しく拝読いたしました。ありがとうございます。「オランダの光を紡ぐ旅」は本当に素敵なエッセイでしたね。福岡さんの他の文章も好きですが、やっぱりこれが一番のお気に入りです!

2011/08/02(火) 09:48:44 | URL | [ 編集]

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