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アカデミックの仁義なき戦い

アカデミックにおけるルールは(とくに教育面において)明確で厳格と書いたが、研究面となるともう少し事情が異なる。その理由は、論文の価値を認めるかどうか、といった点は、容易に線引きできるものではないためである。成績をABCでつけるように簡単にはいかないし、機械的にもできない。そこにはレフェリーの、一人の人間としての判断がある。だから、最高裁の裁判官が下した判決と同様、誰しもが満足できるような解は存在しない。それが、その判断を巡って常に議論が絶えない理由である。

そんなアカデミックの、とくに論文掲載に至るまでのプロセスを皮肉ったのがコチラ (pdf) のエッセイ。腹を抱えて笑っちゃう内容だ。物理学の世界における情景描写だが、話に聞く限り経済学でもその本質は全く変わらないように思う。でも、最後まで読めば分かるが、著者は単にこの慣例を笑いのネタにしたいとか、これまでの納得のいかない経験を共有したいというのみで、このエッセイを書いたわけではない。彼が最後に提言する「ルール変更」は内部からの告発にとどまらず、内部からの改革を訴えるものであり、だからこそ傾聴に値するものなのである。


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2009/10/24(土) | Ryuugaku | トラックバック(0) | コメント(0)

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