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神をも消費するアメリカ

前回書いたように、メガチャーチを訪れた感想を一言で表すなら「お手軽」だろう。ファストフード、ファストファッションに続き、ファストレリジョンといった感がある。あまりにも簡単に神を消費しているように思えるのだ。伝統的な教会に通う年配者であれば眉をひそめたくもなるであろうし、厳格な牧師であれば説教の一つや二つもしたくなるだろう。だからますます若者は、そんな重苦しい伝統的チャーチを離れていったのだ。

メガチャーチの隆盛は、「我々は信心深くあるべきである」という暗黙の前提をくつがえした時から始まったのだろう。お手軽で何が悪いの?だってそれこそが現代人のニーズじゃん、という無邪気な発想の転換と、そこからの用意周到なマーケティングで、教会離れしつつあった若者の心をがっちりと捉えた。彼らに足を運ばせ、寄付させるまでの仕掛けも極めて精緻に作り上げられている。ハード面では施設マネジメント、ソフト面では集客マーケティングだ。

実際に訪れてみて分かったが、メガチャーチは大規模施設の運営をよく研究しているように思う。それはショッピングモールであり、シネマコンプレックスであり、フィットネスジムといったものだ。こうした商業施設が採用しているシステム(会員制度や託児所)を巧みに応用することで、収益性の高い経営を実現しているのだろう。それと同時に、こうした商業施設に慣れ親しんだ若い世代が、教会にも気軽に足を踏み込めるような雰囲気を醸し出している。

ソフト面の集客はさらに巧みだ。どこまで熱心に取り組むかという個々人の心理的レベルに合わせ、いくつもの参加フェーズが用意されている。本格的に取り組みたい人向けには、各種のバイブルスタディグループが用意されているし、教会活動以外に興味がある人には、例えばシングルマザーの会、父親になるための心得、といった様々なコミュニティがある。そこまで時間はかけられないという人には、メーリングリスト登録だけでもいいし、牧師のブログを読むだけでもいい。毎週日曜日に通っている中にも、牧師の話ではなくロック音楽を楽しみにしているという人だっているだろう。何しろ今や教会がエンターテインメントと化しているのだから。そんなお気楽さが心理的障壁を和らげ、教会との適度な距離を保ち続けている。マーケティング的に考えるならば、「カスタマーリレーション」が抜群なのである。

現代において、アメリカ人にとっての宗教とは何を意味するのだろうか。そこまでお手軽にしてまでも教会に通う意義はどこにあるのだろう。教会経営者側にとっては、収益を上げるためであったり、政治的影響力を持つためであったりと、その意図は見えやすい。しかしながら、毎週毎週ジーパンにシャツと帽子を被ってぶらり訪れるような、(それほど熱心とは思えない)信者一人一人にとっては、教会とはどのような存在なのだろうか。宗教観の変容過程と、新信者層の精神構造はなかなか見えてこない。しかし、この新たな宗教スタイルがスピードを緩めることなく浸透しつつあるのは疑いようのない事実なのだ。実際、今回僕が訪れたこの教会も、今月には隣町にさらに大規模な教会をオープンすることが決まっている。教会を「オープン」するとは何とも奇妙な言い回しに聞こえるが、そうとしか表現しようのない商業施設のような建造物が、そしてそこに集まってくる人々が、この地にはあるのである。







2010/01/09(土) | America | トラックバック(0) | コメント(0)

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