若き経済学者のアメリカArt ≫ 犬に食われる自由

犬に食われる自由

藤原新也の写真にはいつも生(せい)の匂いがした。留学時に一冊持って行くならと選んだ『メメント・モリ』にも、息苦しくなるほど色鮮やかに艶めかしく咲き乱れる花が写し出される。生の匂いは同時に死の臭いでもあった。「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ。」インド・カンジス川に打ち上げられた死体に噛り付く野良犬を前にそうつぶやく彼は、生と死に対する確固たる手触り感があったのだろう。だから、そんなざらりとした、もしくはぬるりとしたリアルな感触を喪失した新興住宅街というものに対し、生理的な嫌悪感があったのは想像に難くない。

以前、東京の地下鉄構内に並ぶフリーペーパー「メトロ・ミニッツ」に彼の連載があった。小さな字でぎっしり詰め込まれた書下ろしと、次のページ見開きに広がる1枚の写真で構成されたフォトエッセイを毎回無心で読んでいた。エッセイの多くは、彼と10代の若者とのエピソードだった。渋谷でぼぉっと立ち続ける家出少女との出会い、フリーターとしての将来を悲観し始めた少年の話、顔写真のない履歴書をオーディション用に送ってきた女の子との携帯での会話。そのいずれにも、死に対する漠とした憧憬と、一方で生に対する強烈な執着のようなものが感じられた。読んでいてもそんな生死の鬩ぎ合いに、瞬きや呼吸をすることさえ憚られるような緊張を覚え、それでも途中で読み止めることができないまま何駅も乗り過ごしたことを思い出す。生と死を司りながら、その触感のカケラすら感じることができなかったメガチャーチを前にして、呼び覚まされたささやかな記憶。そんな彼のエッセイは今、『コスモスの影にはいつも誰かが隠れている』に収められている。


コスモスの影にはいつも誰かが隠れている
藤原 新也
東京書籍
売り上げランキング: 5363




2010/01/12(火) | Art | トラックバック(0) | コメント(0)

«  |  HOME  |  »

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL
http://theyoungeconomist.blog115.fc2.com/tb.php/146-e1fe304f
 |  HOME  |