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学校教育とアカウンタビリティ

アメリカの公立校のデータは、州によって異なるものの相当量が一般に公開されている。テストの点数を始め、人種構成、英語習熟度等々のデータが学校別かつ学年別に整備されている。アカウンタビリティが徹底しているのは、各家庭にとっても研究者にとっても重要なことなのだが、ときにその徹底ぶりに背筋が冷たくなるのもまた事実である。それはあまりにもリアルに、それぞれの学校のことが想像できてしまうということなのである。

テストの点数によって、いわゆる「できる学校」と「できない学校」に簡単に色分けされるのはもちろんのこと、どれだけ人種「区別」が進んでいるのかも分かるし、低収入の家庭が占める比率も推測可能だ。そして想像力をクラス・学校単位から学区・地域単位へと膨らませてみると、「瀟洒な住宅街」と「荒廃した町並み」すら見えてくるような気がする。

翻って日本。大阪府の橋下知事が全国初の市町村別成績公開を決めたのが一昨年のこと。「結果が示されないから市町村教委は甘えている」と教育委員会を批判した橋下知事が押し通したものだが、その知事ですら、学校別のデータまで公開してしまうと子供たちへの影響が大き過ぎるとコメントしていたのが印象に残る。

全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の市町村別成績を巡り、大阪府の橋下徹知事は府内市町村分について公開する方針を固めた。府への情報公開請求に対し、府情報公開条例に基づいて判断した。同成績では、秋田県教委が8日、市町村名を伏せた形で公開を決めたが、府は市町村名も示す考え。すべて公表されるのは都道府県で初めてとなる。「地域の序列化につながる」と公開に反対する文部科学省や、すでに市町村として非公開を決めた府内自治体の教委などの反発が起きそうだ。(2008年10月08日 読売新聞)



アメリカを見れば分かるように、学校別の情報公開が「地域の序列化」につながっていることは間違いない。あとはそれを良しとするか悪しとするのか、教育行政の考え方の違いだ。と同時に、序列の下方に位置づけられた地域をどう評価し、どう支援する(しない)のかという具体的な政策に関する議論が欠かせない。いずれにしても、今後日本でも情報公開を進めていこうというときには、橋下知事も躊躇したほどの「覚悟」が必要になろう。



2010/08/06(金) | Education | トラックバック(0) | コメント(0)

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