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新書で学ぶ行動経済学

この半年ほど、気になる新書が相次いで出版されたが、ようやくそれらをまとめて購入。まずは大竹文雄『競争と公平感』。

日本は資本主義の国のなかで、なぜか例外的に市場競争に対する拒否反応が強い。私たちは市場競争のメリットをはたして十分に理解しているだろうか。また、競争にはどうしても結果がつきまとうが、そもそも私たちはどういう時に公平だと感じるのだろうか。本書は、男女の格差、不況、貧困、高齢化、派遣社員の待遇など、身近な事例から、市場経済の本質の理解を促し、より豊かで公平な社会をつくるためのヒントをさぐる。


数多く散りばめられたトピックの中で個人的に興味深く読んだのが、「Ⅱ-4.夏休みの宿題はもうすませた?」の節で取り上げられている行動経済学の話題。宿題やダイエットを先延ばししたり、クレジットカードで衝動買いをして後悔する、というのはよくあることだ。そんな時間非整合的な意思決定は、実際にそれ以外の場面でも多く観察される。著者らの研究でも、消費者金融で借り入れて債務整理になった人は、そうならなかった人に比べて夏休みの宿題を最後まで残していた人の割合が高いことが明らかにされている。その他、消費者金融でそもそも借り入れ経験がある人は、経験がない人に比べやはり夏休みの宿題を後回しにする傾向が強かったようだ。同時に、夏休みの宿題を後に残す人は、肥満になり、たばこを吸い、ギャンブルにはまり、借金を背負う確率が高いと言う。ということは、悪名高い金貸しシャイロックから金を借りてしまったアントーニオ君も、子供のころは宿題なんて全くやっていなかったのかも知れないね。そう、シェイクスピアの時代から、人間の時間選好率とは大変に高いものなのだ。

競争と公平感―市場経済の本当のメリット (中公新書)



続いて依田高典『行動経済学』。

完全無欠な人間が完全な情報を得て正しい判断をする―これが経済学の仮定する経済人である。だが、現実にはこのような人間はいない。情報はあまりに多く、買い物をしたあとでもっと安い店を知って後悔する。正しい判断がいつも実行できるわけではなく、禁煙やダイエットも失敗しがちだ。本書は、このような人間の特性に即した「行動経済学」を経済学史の中に位置づけ直し、その理論、可能性を詳しく紹介する。


「第2章 時間上の選択」では、大竹本で取り上げられた「双曲割引型」の時間選好モデルがより詳しく解説される他、それ以外の割引効用アノマリーが紹介されている。「第4章 アディクション」では、タバコを吸うという行為を行動経済学的に分析したものとなっており、その点でも大竹本とオーバーラップがあり、相互補完的な内容とも思える。全国一万人に喫煙・禁煙経験を聞いたアンケート回答を分析した著者らの研究結果は、喫煙者の方が禁煙者に比べて、時間選好率が高いというものであった。喫煙は将来の満足(体の健康)よりも目先の利益(ストレス発散・活力増大等)を重視するアディクションであるため、この分析結果は著者らの予想どおりのものであった。同じ研究の中でより興味深かったのは、非喫煙者の内ではどんな人が時間選好率が低い(忍耐強い)のかという点。これは、一度も喫煙したことがない人ではなく、喫煙経験がありその後禁煙に成功した人であると言う。なるほど、確かにそうかも知れないなと、僕の友人知人を見回しながら振り返ってみた。それでふと思ったのが、こういうことは実際の「金貸し」の現場でも審査に影響があるのかしら、ということ。例えば、銀行が金を貸すときや、ベンチャーキャピタルが出資するときの審査をイメージしているんだけどね。

行動経済学―感情に揺れる経済心理 (中公新書)



最後に、橘玲『亜玖夢博士の経済入門』。

あらゆる学問を修めた亜玖夢博士が脳める衆生を救おうと開いた研究所には、社会のどん底でもがく相談者が今日も訪れる。多重債務にいじめ、マルチとどんな問題も経済理論で解決…のはずが突拍子もない処方と奇妙な助手の暴走で毎度とんでもないことに!?最先端の経済理論が身に付くブラック・コメディ。


経済学者が書いたものではないが(いやそれだからこそ?)、おもしろおかしく読める一冊。舞台は新宿・歌舞伎町。ギャンブルに借金に暴力団と、欲と金にまみれた者が悪玖夢博士に助けを求めてやって来る。そんな彼らに授ける博士のアドバイスは、いずれも経済学の専門用語に満ちたものだ。ある時は行動経済学的に、そしてまたあるときはゲーム理論的にと、博士の知識は幅広く助言内容は奥深い。しかしそんなアドバイスは必ずしも彼らを救済するワケではないのだった。経済学の最先端をブラックにスパイシーに、そしてユーモアたっぷりに語り尽くした一冊なのである。

亜玖夢博士の経済入門 (文春文庫)



行動経済学に関してはここ数年それこそ山ほど関連書が出版された。一冊一冊はそれなりに面白いのだが、どうしても個別のテーマや特殊な事例にスペースを割き過ぎている感は否めない。それはまさに依田が結語として述べているように、「今、行動経済学者は成功がゆえの難しい選択を迫られているといえよう。」ということなのではないだろうか。行動経済学の何が新しくて、どこに現在の限界があるのかを、専門外であったとしてもバランスよく知っておく必要があるだろう。その目的で以下の4冊を合わせて読んでおけば、行動経済学を理解するに当たっては現在のところ必要十分と言ってよいのではないだろうか。


実践 行動経済学 健康、富、幸福への聡明な選択 セイラー教授の行動経済学入門 行動経済学入門 行動経済学 経済は「感情」で動いている (光文社新書)



そして最後に、行動経済学の分野の創始者であるダニエル・カーネマンについて。プリンストン大学の心理学者にして、2002年のノーベル経済学賞受賞者。彼が2011年に出版した "Thinking, Fast and Slow" はこの分野の、それはつまり彼の研究の集大成である。500ページの分量があるものの、一般向けに平易な言葉で書かれた本書は専門外にとっても読みやすい内容。今でこそ注目を集めるが、当時は誰も見向きもしなかったバイアス・過信・プロスペクト理論等の概念が丁寧に解説されていく。本書の翻訳が出ればそれが同分野の決定版となるのは間違いない。カーネマンの講演動画等はコチラから。


ダニエル・カーネマン心理と経済を語る Thinking, Fast and Slow




2010/08/27(金) | Economics | トラックバック(0) | コメント(0)

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