若き経済学者のアメリカBooks ≫ 村上春樹・「最後まで歩かない」ロングインタビュー

村上春樹・「最後まで歩かない」ロングインタビュー

雑誌『考える人』8月号の村上春樹ロングインタビューには思わず目を奪われた。彼以外のものを含めて振り返っても、これほどまでに濃密なインタビューを読んだのは本当に久しぶりだ。そう思える程に濃い空気を吸い込んだ、2泊3日の箱根行。

特集 村上春樹ロングインタビュー 日常から離れた新緑の山にこもって、たっぷりとお話をうかがった3日間。 【1日目】一人称から三人称へ 『ノルウェイの森』のこと 僕と鼠の物語の終わり 歴史少年だったころ物語の間口と奥行き プリンストンへ 「第三の新人」講義 『アンダーグラウンド』と『サハリン島』『アフターダーク』と『1Q84』 『1Q84』はいかに生まれたか クローズド・サーキット手を握りあう 物語を掘りだす 文体が支える BOOK3 女性たちとセックス  「1Q84」という世界 パラフレーズすること 【2日目】プリミティブな愛の力 『静かなドン』から始まった 話し言葉と語りの力 メタファーの活用と描写BOOK4の可能性 近過去の物語 十歳という年齢と偶然を待つこと 父的なものとの闘い漱石のおもしろさ 芦屋から東京へ 心理描写なしの小説 自由であること、個であること時間が検証する 十歳で読書少年に 芦屋のころ 一九世紀的な小説像 自我をすっぽかす小説 長距離ランナー  【3日目】リスペクトの感情 古典の訳し直し サリンジャー、カポーティをめぐって カーヴァーの新しい境地二〇世紀の小説家の落とし穴 アメリカの出版界 オーサー・ツアー 全米ベストセラーリスト エルサレム賞のこと 短篇小説と雑誌の関係 今後のこと


『1Q84』を始めとする作品群に言及しながら、そのときどきで村上春樹が何を考えていたのかについて、静かにそして真摯に対話が続いていく。夙川と芦屋という穏やかな住宅地域の中産階級に育った幼少時代。平穏無事な時間を過ごし、他の多くの作家にあるような自分が傷つけられたという記憶もなく、小説にしたいと思うようなことが何一つなかったと率直に語る。早稲田に7年在籍し全国を野宿して歩いた学生時代。借金して始めたジャズ喫茶と音楽について。二十九歳にして小説家としての道を志したこと。『ノルウェイの森』を書き終えてすぐに「これは僕の書きたい小説ではない」と思った気持ち。それに反してベストセラーとなってしまったことに起因する日本国内でのごたごたと孤立感。マスコミを避けるようにして渡ったアメリカと、二年半をプリンストン大学で過ごした幸せな時間。帰国後に起こった地下鉄サリン事件とオウム裁判の傍聴、そして『アンダーグラウンド』。近年の話題としては、昨年のイスラエル・エルサレム賞の受賞と「壁と卵」のスピーチ。そして彼が、緊張を孕んだガザ情勢の真っ只中で感じた「自分にできるぎりぎりのところ」。

最後に「これだけ長時間、自分について話したら、もう仕事なんてできないですよ。」と語るほどに語り尽くした感があり、それこそまさに「最後まで歩かず」にマラソンをゴールしたかのような爽やかな読後感が漂う。そのなかでも僕が個人的に最も興味深く読んだのは、村上春樹が強い自負を込めて「オリジナリティ」について話した以下のくだり。それまで淡々と続いているように見えた対談の温度がぐっと上がった箇所だと思う。

「外国では、ムラカミ以外のだれにも書けない世界がここにあるとか、作品のオリジナリティが評価されることが多いです。そう言われると僕としてはなにより嬉しいです。でも日本では、褒められるにせよ、けなされるにせ、僕の書いているものがオリジナルだということは、僕の知る限りほとんど言われていない。」

「僕自身は作家として、ほんとうはそのことを一番誇りに思っているんですけどね。オリジナルであること、ほかの誰にも書けないものを書いていること。まったくの書きはじめのころこそ、だれかの影響を受けていたところはあるにせよ、それからあとはずっと自分で独自の方向性を切り拓いてきたし、あるところからは、僕の前にはもうだれもいなかった。そんなふうに、何もないところに自分でこつこつ道をつくって、穴を掘るということを、三十年間続けてきたんです。自慢するんじゃないけど、それが正直な実感です。僕の書いたものを評価する人もいればしない人もいるだろうけど、それはそれとして、僕は僕にしか書けないものを書き続けてきた。そのことは確かだと思うんです。結局、日本ではオリジナリティというのはあまり大事なことじゃないのかなと、最近になって考えるようになりました。」



三島的自我と村上的自我との比較を通じ、「いちばん大きな違いは、僕が自分を芸術家だとは思っていないことじゃないかと思う。」と語る村上は確かにアーティストではないだろう。僕はむしろ彼をイチローや羽生のような存在になぞらえていたが、上述のような台詞を見てもう一人、よりオーバーラップする人物を思い描いた。それは「オリジナルこそ命」と常に言い続ける研究者・石井裕。確かに、対談の中でも語られる村上のストイックなまでの執筆スタイルは、石井の研究スタイルと近いものが感じられ、そしてまた『アンダーグラウンド』執筆に向けた数々の準備はリサーチと呼べるほどのものだ。ひょっとして村上春樹とは、日本に初めて生まれた、サイエンティフィックな小説家であり、それが世界共通の視座を伴って読者を増やし続けている要因なのかも知れない。これほど長く広くそして深く語った村上の言葉を受け、僕はそんな思いを胸にした。


考える人 2010年 08月号 [雑誌]




2010/09/27(月) | Books | トラックバック(0) | コメント(0)

«  |  HOME  |  »

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL
http://theyoungeconomist.blog115.fc2.com/tb.php/257-c59e0232
 |  HOME  |