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アメリカ経済学ジョブマーケット4

Cawley の アドバイスは、次に (1-b) "How your job market paper relates to the literature" へと続く。Job market paper のクオリティを決めるこれこそが最重要の助言となってもよいようなものだが、彼はレポートの中ではただ、"explain" と述べるだけで、具体的にどう "relate" させるか、さらにはそれについてどう communicate するかという戦略には言及しない。そんなの自分で考えろ、周りを見て学べ、ということなのか、それとも彼自身も他人に伝える言葉を持っていないのか、それは分からない。

ただ一つ言えるのは、こうした戦略や戦術をクリアに語れる人材は数少ないということだろう。そんなときに改めて思うのが、アーティスト村上隆の方法論。以前にも書いたことだが、彼が自分の作品を世界のアート市場に売り込んでいったプロセスは、Ph.D.キャンディデイトが自分の論文をジョブマーケットで売り込む様と極めて似ている。そういう意味でも、昨年末に出た村上隆の新著『芸術闘争論』と、本人および関係者へのインタビューを中心に据えた『美術手帖』(11月号)は、年末年始に最もタイムリーに、そして最も刺激的に読んだ二冊だった。

村上は世界との闘い方についてこう表現する。

「作品がいいですね、すばらしいですね」というのは、クリアするべき大前提のこと。そのうえで、作品をそれなりのところに置くまでのことというのは、話が全然違ってくる。要するに、自由にやらせてはもらえない。そんななかで、どうやって揉んでいくか。けっこうたいへんなネゴシエーションの連続ですよ。


「作品」を「論文」と読み替え、かつトップジャーナルのレフェリーとのやり取りをイメージすれば、村上の姿勢は研究者のそれと、とことんオーバーラップする。

彼は、こうしたタフなコンペティションの中で揉んで揉まれつ、「まったく事情がわからず手探り」ではあったものの最終的に「ラーメンのレシピ」を作り上げた。それが彼が世界で闘う方法論だ。作品の価値(新しさ・面白さ)をどう伝え、どう理解してもらい、どう納得してもらうかというコミュニケーション全般に関わる戦略のことであり、そのために彼は芸術の歴史を語り、アートの未来を話す。

「ラーメン屋のオヤジが、自分でレシピを公の場で明かすわけにはいかない」と言いつつも、彼の言葉の端々からそのレシピの何たるかが漏れてくるのは、一重に彼のいら立ちによるものだ。literature を理解しないアマチュアに怒り、極めて狭いコンテクストにとどまるサブカルに呆れ、地味な鍛錬を怠るアーティストに失望する。

現代美術のそういうレシピを僕は持っていて、周りには言ったりもする。けれど若い衆とかはみんな聞く耳持たないのでしょうがない。


村上の盟友ギャラリスト、エマニュエル・ペロタンは、「持ち前の勤勉さと企画力、頭脳明晰さにあの交渉力」とタカシを評価する。その村上の方法論を現代アートの若い衆が学ぼうとしないのは実にもったいないことだ。確かに彼は「仲良い友達」「理解ある上司」みたいな存在とはかけ離れているだろう。風貌からしてとっつきにくいし、著書の表紙はいつもギラギラと傲岸に輝き、発する言葉の9割は毒。しかし、彼が自分の作品をその手で「それなりのところに置」いてきたという数々の実績を、認めないわけにはいかないだろう。好き嫌いはあれど、彼の考え方や手法には学ぶべきことが多いというのが僕自身の意見であり、だったら分野は違えどワレワレがその闘い方を真似、経済学でも論文の「売り方」に取り入れてみようじゃないかと僕は声高にシュチョーしているのだ。けれど周りの衆とかはみんな聞く耳持たないのでしょうがない。当たり前か(笑)。


芸術闘争論 美術手帖2010年11月号



2011/02/24(木) | Economics | トラックバック(0) | コメント(0)

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