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『リーダーのスピーチ』

ようやく映画『英国王のスピーチ』を観てきた。とても素敵な映画だった。少ない登場人物、密な人間関係、映画らしい映画と言えるのではないだろうか。やっぱり映画ってイイな。英語の勉強にもなるし。オーディオブックを捨てて、町へ出ようぜ!

しかし日本にいてもアメリカにいても、映画ってのは誰を誘うべきか、つくづく難しい。『ハリー・ポッター』に誘ったら「コイツはなんてお子様なんだ」と思われかねないし、『赤目四十八瀧心中未遂』に誘ったら「コイツはなんて背伸びしてるんだ」と思われかねない。そんな風にビクビク生きているオレは、だからだいたい映画は一人で行くことになる。気の合う友達がいないわけではないのだが、去年映画『Un Prophète』を一緒に観に行ったヨハンもいまは卒業していない。それが残念である。





父親ジョージ5世が亡くなり、兄は王位を捨て恋に走り、その結果、思いがけず弟がジョージ6世として戴冠することとなった。時は第二次世界大戦、イギリスはドイツに戦線布告。国王として、大英帝国全土に向けた演説を行う日がやってきた。しかし、彼は幼少児より吃音に苦しんでいたのだ。そんな国王は果たして、この非常時に、不安を募らせる国民を鼓舞するような言葉を届けることができるのか。そんな物語だ。

こういうのを、déjà-vu というのだろうか。地震・津波・原発事故に見舞われた日本のこの非常時に、「彼ら」は果たして国民を鼓舞するような言葉を届けることができるのか。映画と違うのは、僕は今のところそんな『日本国首相のスピーチ』も『電力会社社長のスピーチ』も聞いていない、ということだ。

記者会見は「行った」のかも知れないが、スピーチとは本来「届ける」もの。英語では "deliver a speech"。そしてその言葉は、「確かに私の元にも届きましたよ」という受け手側の認識によってのみ意味を成すものだ。その意思表示が拍手である。ジョージ6世の演説の後、ラジオの向こうの各家庭・各職場で「その言葉しっかり受け取りました」と感じた人々の間で自然と拍手が沸き起こったように。

今回の非常時に際し、救援物資よりも義援金よりも真っ先に届けるべき「彼ら自身の言葉」を、リーダーが持っていなかったいう事実が、これほどまでに残念で落胆させるものだとはな。それが100年に1回の有事であろうと、1000年に1回だろうと、僕らは言葉だけは忘れてはいけないんだな。




2011/04/06(水) | Others | トラックバック(0) | コメント(0)

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