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後藤新平のビジョン

星新一『明治の人物誌』の中でもひときわ輝いて描かれているのが後藤新平。後藤が自分の父・星一をよく理解し、星製薬の事業を支え続けたからという理由もあるだろう。しかしそんな星新一の後藤びいきを差し引いてもなお、この人物の輝きは全く減らない。それどころか、いま関連する本を読み進めるにつれ、そのずば抜けた時代感覚と経営手腕には感服するばかりなのである。

後藤新平は、江戸時代の末期に現在の岩手県奥州市(旧水沢市)に生まれた。薩摩か長州に生まれていれば、とどれだけ歯がゆい思いをしたことだろうか。傍流に生を受け、当時の主流派を輩出した塾に通う機会もなかったという背景もあり、政治ではなく医学の道を志した。医者となった後は、内務省衛生局に官僚として勤める一方で、あるお家騒動に巻き込まれ投獄されたりと、なかなかに波乱万丈なキャリアを歩む。

そんな彼が政治に関わり始めた第一歩が、日清戦争後の検疫業務。戦争には勝ったものの、大陸から帰還してくる百万の兵の検疫をどう行うかが次なる緊急課題。一日も早く故郷の家族の元へ帰ろうという将兵たちを、数日留め置いて一人ひとりに検疫を実施するという事業には、それこそ大群衆の秩序を統制するリーダーシップが求められていた。それができる人材を探していた児玉源太郎の目に止まったのが、他ならぬ後藤新平だったのだ。この児玉とはもちろん、司馬遼太郎『坂の上の雲』で詳しく描かれるように、その後の日露戦争とくに旅順要塞攻略を指揮した参謀総長の児玉源太郎その人である。

そんな二人の初対面でのやり取りがいい。児玉は、この検疫事業にどれくらいの予算がかかるかと後藤に尋ねる。既に「大風呂敷」なるあだ名がついていた後藤は臆することなく「まぁ、ざっと百万円」と、周りにいた人間が皆目を丸くするような、とてつもない金額を口にする。それに対し児玉は「では百五十万円を出そう。その代わり完璧にやってくれ」と応える。この態度にシビレない訳がない。後藤は「この人の下でなら」と、その後存分に手腕を振るうことになるのだった。

児玉と後藤が再び政治の舞台で共演するのが台湾統治。日清戦争後に台湾を得たものの、その植民地経営はなかなか軌道に乗らない。初代台湾総督・樺山資紀、二代桂太郎、三代乃木希典と、この時代の錚々たる人材を送り込むが、阿片の取締りは進まず、住民の反乱が頻発し、そして経済も疲弊する一方だった。そんな中、新たに四代目総督に任命されたのが児玉源太郎であり、その児玉に請われ、後藤は民政長官として台湾へ赴く。さらに後藤が三顧の礼で呼び寄せたのが新渡戸稲造。札幌農学校の教授職に戻ろうと考えてた新渡戸を、後藤は強く希望して台湾殖産局長へと迎え入れる。後藤が「児玉の下でなら働ける」と考えたように、新渡戸も「後藤の下でなら」と心を動かされたという、もう一つのグッとくる話だ。そして新渡戸は病を患っていたにも関わらず台湾へと渡り、そして当地で砂糖産業を興し、経済を成長軌道へと乗せていくのだった。

有能な人材が二人タッグを組むことは多々あろう。しかし三役揃い踏みとなるケースはそう多くはないのではないか。その希少な例が、児玉源太郎-後藤新平-新渡戸稲造のラインで統治した台湾と言えるように思う。ちょうどこの時代に台湾で製薬事業を展開していた星一は、だからこの三人とも縁があり、また台湾の殖産にも貢献する星の事業は彼からも大いに支援され、それゆえにその他から妬まれ疎まれ、そして怖れられもしたのだ(『人民は弱し 官吏は強し』)。

最後にもう一つ、印象深い後藤のエピソードを。大正12年、当時の皇太子(すなわち後の昭和天皇)が狙撃されるという事件が起こる。これを受け山本内閣は総辞職。内務大臣だった後藤新平が失職するのはもちろん、その部下であった警視庁警務部長の正力松太郎は、警備上の責任を問われて懲戒免官となっていた。失業中だった正力がなんとか次の職を見つけ、そのために必要となった資金を後藤に借りに来る。大金ではあったが、後藤は自分の元部下の面倒をみるという親分肌気質もあり、快く金を差し出したのだった。

その正力が得た職というのが読売新聞社の経営であり、傾いていた新聞事業を建て直したばかりか、その後日本最大の新聞会社となるまでに育て上げたのは周知の通り。その正力松太郎が新聞以外に熱を上げて取り組んでいたのが、日本での原子力発電である(『原発・正力・CIA』)。そして2011年の今日、東北大震災/津波/原発からの復興構想がモデルとしているのが、関東大震災からの都市再建で手腕を振るった当時東京市長の後藤新平であるということを見るにつけ、つくづく歴史の巡りあわせというものを思うのである。


小説 後藤新平―行革と都市政策の先駆者 (人物文庫) 時代の先覚者・後藤新平1857‐1929




2011/05/24(火) | Books | トラックバック(0) | コメント(0)

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