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ファイナリストの言葉

女子ワールドカップサッカー決勝から一週間。当日はアメリカでも大いに盛り上がり、つまり日本人としてスポーツバーに行ける雰囲気ではなく、自宅でひっそり観戦したわけである。異国に暮らすっていうのは、リアルにこういうことだよね(笑)。

さて、その決勝戦。なでしこJAPANの粘りの勝利にぐっときたのは当然なのだが、それと同時に試合終了後の米国ワンバック選手のコメントが強く印象に残った。彼女がヘディングで決めた2点目が決勝点となっていれば、(そして本人含め多くがそう思ったことだろうが)、優勝・得点王・MVPの三冠は彼女のものだっただろう。

年齢的にも最後のワールドカップ。これまでのキャリアの集大成。そんな大舞台で、ほんのあと少しで手が届いた人生最高の栄誉を目前で逃したという悔しさは相当のものだろう。しかし彼女はPK戦が終わった後には、晴れ晴れとした顔でチームメイトを労い、勝者なでしこを讃えていた。そこに僕は彼女の人物を見た気がする。呆然とする米国選手が多かった中、なかなかできることではないよね。

そして僕はそんな彼女の姿勢に、3年前の大統領選挙でのヒラリー・クリントンとジョン・マケインの敗者の演説を思い起こす。一世一代の大勝負に敗れたこの二人も、その爽やかな顔付きと言葉が印象深い。人の評価というのは、こういう負けた後の第一声で決まることも多いのだろう。スポーツマンシップ、そしてステーツマンシップの鏡と言える姿だ。

今回のワールドカップで言うならば、誰の目にも米国チームのパワーとスピードは圧倒的だった。彼女らに敗者という言葉は似合わない。そんなときにピタリと当てはまる英語は finalist だろう。決勝戦に進出するもそこで champion とはならなかった個人やチームを讃えるいい言葉だと思う。米国チームはまさにこの「敗れざる者たち」としての finalist なのだ。彼女らが決勝戦の舞台で最高にエキサイティングな試合を見せてくれたことに、そしてワンバック選手の finalist としての誇り高い言葉に対し、僕は今も拍手を送り続けているのである。




2011/07/24(日) | America | トラックバック(0) | コメント(0)

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