スティーブ・ジョブズ最初で最後の公認伝記が、本日世界同時発売。熱狂的なアップルフリーク・狂信的なマックユーザー・信仰的なジョブズファン、では決してない僕だが、子供の頃に最初に触ったコンピュータは、マッキントッシュ512K(愛称ファットマック)だった。父親が使い古し、ガラクタとして家の隅に置いてあったものを、自由に使わせてもらっていたのだ。家庭用テレビゲームというものをなかなか買ってもらえなかった僕にとって、それは貴重なおもちゃでもあった。
しかし近所の友人宅にあるファンシーなゲーム機に比べると、マックとかいうその古びた機械はあまりにも見窄らしかった。小さな画面、そのうえ白黒。コントローラではなく、マウスとか呼ばれるヘンテコな物体がくっついていた。つまり残念ながら、小学生が友達とワイワイ楽しく遊べるようなものではなかったのである。
それでも僕はそいつが結構好きだった。電源をオンにして "Hello" と現れるメッセージに異国を感じた。調子が悪くなるとすぐに表示される泣き顔(サッドマック)や、最終的に現れる爆弾マークにイライラしながらも、どこか許してしまえる可愛さがあった。そのマックが明らかに他のゲーム機などとは「ちょっと違う」感を醸していたのは、小学校低学年の僕にも十分伝わっていた。
その「ちょっと違う」を、hungry に、そして foolish に追究し続けたのがスティーブ・ジョブズその人だったのだと思う。彼が積み上げた「ちょっぴり」は、いつしか世界が無視できないほど「でっかい」ものとなっていた。彼がいつも見せてくれた「その先の新しい世界」に胸が高鳴り、"One more thing" の一言に心が踊り、そして彼と同時代に生きたということを、きっと僕らはこの先もずっと語り続けていくのだろう。

それでも僕はそいつが結構好きだった。電源をオンにして "Hello" と現れるメッセージに異国を感じた。調子が悪くなるとすぐに表示される泣き顔(サッドマック)や、最終的に現れる爆弾マークにイライラしながらも、どこか許してしまえる可愛さがあった。そのマックが明らかに他のゲーム機などとは「ちょっと違う」感を醸していたのは、小学校低学年の僕にも十分伝わっていた。
その「ちょっと違う」を、hungry に、そして foolish に追究し続けたのがスティーブ・ジョブズその人だったのだと思う。彼が積み上げた「ちょっぴり」は、いつしか世界が無視できないほど「でっかい」ものとなっていた。彼がいつも見せてくれた「その先の新しい世界」に胸が高鳴り、"One more thing" の一言に心が踊り、そして彼と同時代に生きたということを、きっと僕らはこの先もずっと語り続けていくのだろう。


2011/10/25(火) | Books | トラックバック(0) | コメント(0)