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今あらためて「ソーシャル」を考える

フェイスブック上場申請を機に、現代における「ソーシャル」というものをあらためて考えてみる。ソーシャル三部作とも言われる『FREE』『SHARE』『MESH』 あたりから読み始めてみたのだが、この業界の日進月歩の革新を裏付けるかのように、いまさら読んでも全く新鮮味がない。こういう本はそのときどきで、タイムリーに読まないといかんのだろうね。逆に言えば、数年(もしくは数ヶ月)で陳腐化する程度の内容とも言えるのだが。

その一方でより興味深いのが、「現代思想」や「ユリイカ」といった雑誌が、フェイスブックやグーグルを取り上げていること。これらの雑誌が10年前のマイクロソフト、20年前のGE、そして30年前のGMを特集することが仮にもあっただろうか、と考えると、やはり現代の「ソーシャル」な企業が、製品やサービスを提供するにとどまらず、その背景にある思想すら提供しようとしていることが分かるようだ。

現代思想2011年1月号 特集=Googleの思想 ユリイカ2011年2月号 特集=ソーシャルネットワークの現在 Facebook、twitter、ニコニコ動画、pixiv、Ustream・・・デジタルネイティブのひらく世界


そうした思想対思想の対決を明確に記述したのが、池田純一の『ウェブ×ソーシャル×アメリカ <全球時代>の構想力』。個人的に一番おもしろく読んだ一冊である。著者は、前述の『フリー』『シェア』といった現象に触れながら、無料/有料や機械/人間といったビジネスモデル比較、発明/開発およびマップ/グラフといった技術比較、さらにはinnovation/evolutionそして米国西海岸/東海岸の文化比較にも言及する。

また、現在のウェブの世界を、プレイヤー/クリエイター/アーキテクトという三重構造で説明しつつも、必ずしも場の設計者であるアーキテクトが全権を握るのではなく、ときに「ゲーム・チェンジャー」が現れ予想外のフィードバックを生み出すと指摘する。そしてこの指摘は、それこそ前回書いたブルームバーグのノンフィクション "Game Changer" とも通じていて興味深い。

最後に、まさに著者が指摘するように「シリコンバレーを中心に活躍するウェブ企業の競合は、同時に思想の競合でもあるわけだ」。それは結局のところ、これからのウェブの世界をどう創造するかというビジョンの競合に他ならない。梅田望夫が『ウェブ進化論』の中で述べたように、リアルな「こちら」とネットの「あちら」に世界が二分されたのはもはや誰の目にも明らかだ。しかしそこからさらに一歩進んで、今ソーシャルな時代に起きているのは、それこそ「あちら」の世界に数多の「そちら」が生まれていると言うことができるのではないだろうか。

本書『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』の著者・池田純一が言うように、「科学的合理性を追求するGoogleは『真』、ユーザーという人間的なインターフェイスを通じて共同体の構築を進めるFacebookは『善』、(中略)ヒューマンタッチを具体化させたAppleは『美』」という具合に真善美という三つの基本的な価値になぞらえるのは確かに「いささか言葉遊び」と言える。しかしこのメタファーに一定の納得感があるのは、現在のソーシャルな企業がまさにこうした価値観を有していると僕らが考えているからに他ならない。

本書『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』は、新書にしては分厚く、多種多様なトピックを盛り込み雑多な感は否めない。しかし、ソーシャルと言われる時代にあり、僕個人としてはこれほど納得感のあるビジネス史・技術史・文化史・思想史は他に類書がないように感じた。昨今もてはやされる企業や現象を表層的に解説するだけでなく、そこに通底する歴史に立ち返って編み上げたという点に、本書ならではの魅力と価値があるのである。


ウェブ×ソーシャル×アメリカ <全球時代>の構想力 (講談社現代新書)




2012/02/15(水) | Books | トラックバック(0) | コメント(0)

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