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8月、先人を思う

渡米1ヶ月を経て、生活もだいぶ落ち着いてきた。
買い物や食事で困ることはないし、行動範囲も広がった。留学生向け英語講習に参加したおかげで学部外の友人も増え、毎日を楽しく過ごしている。いよいよ始まったMath Camp も、クラスメイトと仲良く宿題をこなしているところだ。

そんな中、殺風景な学生寮の中で一人、アメリカに学んだ先人たちに思いを馳せる。

1959年、Barack Obama, Sr. がこの国にやって来た。
Univ. of Hawaii に入学し、翌年結婚。その1年後に産まれた息子が、アフリカ系アメリカ人初、この国の次期大統領だ。その息子は、父親が留学したアメリカを "Magical Place" と表現し、希望の国、アメリカンドリームを強調するが(『合衆国再生―大いなる希望を抱いて』)、果たして父親が見たものは希望だけだろうか。経済的な理由も含め、家族をハワイに残してハーバードに移ったSir, その後、経済学MAを取得したのみでケニアに帰国したSir, 帰国後に石油関連企業で働いたSir, 彼はアメリカに、もしくは経済学に絶望も見つけたのではないだろうか。

1965年、Muhammad Yunus がこの国にやって来た。
フルブライト奨学生として、Vanderbilt Univ. で学び、経済学Ph.D.を取得する。経済学を学ぶ喜びも、教える楽しみも知った彼はまた、その学問に最も絶望した一人でもある。母国バングラデシュの貧困・飢饉を前に、全く無力な経済学。パンとワインの効率的配分を導出することはできても、明日のパンとワインを創出することさえできない経済学。彼が選んだ道は、大学を去り、起業家として行動を始めることだった。その後の歩み(『貧困のない世界を創る』)は当然のごとく厳しく険しいものであったが、彼らが設立したグラミン銀行が経済・社会発展に大きく貢献したことで、2006年ノーベル平和賞を受賞。昨年来日した彼の講演会に行く機会に恵まれたのだが、その声と眼は限りなく優しかった。

1972年、藤原正彦がこの国にやって来た。
Univ. of Michigan の研究員として、恵まれた環境の中、最先端の数学研究に従事する。自身の研究成果発表や、世界一流の研究者とのコミュニケーション等々、いくつもの課題に試行錯誤を重ねながら、ひとつひとつ見事に乗り越えていく。武者修行エッセイである『若き数学者のアメリカ』にあるその様は、若々しさと躍動感に満ち溢れ、いつ読み返しても引き込まれてしまう。その彼が苦しめられたのが、太陽の見えない季節。どんよりとした曇り空の下、コンクリートで閉ざされた研究室や寮の中で、次第に孤独感に苛まれていく。そのどうしようもない不安感がようやく解消されたのが、フロリダの大地。思い切り陽の光を浴び、淡い恋も経験して、ようやく閉じ籠っていた自身から解放される。

僕が今、この8月の晴れ渡った夏空の下、希望よりも絶望に意識が傾くのは、9月の学期開始を目前にした不安と緊張によるものだ。それは自分でもよく分かっている。小さい頃からいつもそうだった。運動会の前日、ピアノ発表会の前日、必ず「最悪」をイメージした。クラス対抗リレーの一番大事なところでバトンを落とすシーンを何度夢見たことか。ピアノ発表会、突然頭が真っ白になる事態を予想し、その時の場のつなぎ方まで考えていた自分。などなど。

そんな僕は、もう一つ大事なことを知っている。その最悪が一度も実現したことがないということを。いつも何とかなってきた。努力の先にある運に助けられ、周りの友人に恵まれ、恩師や家族に支えられてきた。ありがとう、みんな!皆のおかげで今ここにいることができます。本当に感謝。今回も何とかなると信じて、思いきり頑張ってきます。

2008年8月末日


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2008/12/20(土) | America | トラックバック(0) | コメント(0)

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