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青木薫の「訳者あとがき」は、いつも読み応えがある

経済学書を始めとする翻訳を、極めてハイペースで手がける山形浩生。その翻訳書には数多くのファンがいるだけでなく、彼の「あとがき」を楽しみにしている人も多く、それが彼を「稀有な翻訳家」としている所以だ。


「訳者のネームバリューで本が売れる稀有な翻訳家」と言われる山形浩生は、そのあとがきの面白さでも知られる。ことに自然科学、経済、社会学系の翻訳書におけるあとがきは、その本の概要のみならず、当該分野におけるポジショニング、評価などがコンパクトにまとめられていて、「本編よりも面白くてわかりやすい」と評判。その大評判のあとがきを厳選して一冊に収録し、知の最前線を体験してもらおうというのが本書。



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photo credit: iwannt via photopin cc


そして、もう一人の「稀有な翻訳家」が、ポピュラー・サイエンスの名手として知られる青木薫ではないかと思うのだ。彼女も翻訳を多数手がけているが、その「あとがき」を僕は毎回とても楽しみにしているのである。



先日文庫化されたばかりの『ケプラー予想』を読み終えたところなのだが、本書のあとがきだけでも大変勉強になる。ミシガン大学の数学者トマス・ヘールズが、コンピュータを大々的に利用することでケプラー予想を証明するのだが、あとがきでは、いわゆる『四色問題』が解決した際に数学界で一大議論となった「コンピュータを用いた証明は果たして数学的証明といえるのか」というテーマにも触れ、ヘールズ論文の査読を手がけた数学者たちの苦労も合わせて解説する。




それと同時に、ヘールズ自身が「コンピュータによる証明を、コンピュータによって証明する」という立場を取り、新たなプロジェクトを立ち上げたことも説明する。加えて、科学技術史の観点からも興味深い話題を提供し、本書『ケプラー予想』が教えてくれる学問の面白さ、数学とコンピュータという現代的な関係性、そして「人間の知的営みの数奇な奥深さ」に言及してあとがきを終える。こんなに充実したあとがきがあるだろうか、という思いとともに、このあとがきから読んだ人はこの時点でもう結構お腹いっぱいになっちゃうな、という気すらしてくる(笑)


それだけのあとがき書きを可能にするのは、何よりも青木氏の「理解して訳す」という姿勢にあるのだろう(産経新聞インタビュー:「青木薫(翻訳家)『理解して訳す』を目標に」)。専門分野がこれだけ細分化された時代において、第一線の研究内容を「理解して翻訳」することは、京都大学で理学博士号を取得している青木氏にとっても困難が伴う作業のはずである。それを数学、物理、医学と、サイエンス全般に渡って翻訳を手がけるのだから、もう脱帽しながら同氏の翻訳書を読むほかないのである。


また、文庫本の「お得さ」というのは、このあとがきを、単行本出版時のものと、文庫本出版時に新しく追加されたものの2つを楽しめる、ということである。まさに二度美味しいのが、青木薫の文庫サイエンス・ノンフィクションなのである。


以下、青木薫氏が手がけた名作翻訳書をいくつか紹介しておきたい。『完全なる証明』は数学者ペレルマンが証明した「ポアンカレ予想」をテーマとしたもの。この偉業を成し遂げたペレルマンが賞金を断ったことでもニュースになったのは、本人の暮らしが謎に満ちていることと合わせて、まだ記憶に新しい。


百万ドルの賞金がかけられた数学上の問題「ポアンカレ予想」。今世紀中の解決は無理といわれた難問の証明を成し遂げたロシア人ペレルマンは、しかし賞金を断り勤めていた研究所も辞めて、森へ消えた。なぜか?彼と同時代に旧ソ連の数学エリート教育をうけた著者だからこそ書けた傑作評伝ノンフィクション。




そして、青木薫といえばサイモン・シン。そして、サイモン・シンといえば『フェルマーの最終定理』、というほどに知られた名著である。フェルマーが書き残したメッセージが、その後300年にわたって世界中の数学者を惹きつけ、そして苦しめてきた。その闘いについに終止符を打った、数学者ワイルズの物語。今年絶対に読むべき一冊、っていうか今読め。


17世紀、ひとりの数学者が謎に満ちた言葉を残した。「私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」以後、あまりにも有名になったこの数学界最大の超難問「フェルマーの最終定理」への挑戦が始まったが――。天才数学者ワイルズの完全証明に至る波乱のドラマを軸に、3世紀に及ぶ数学者たちの苦闘を描く、感動の数学ノンフィクション!





サイモン・シンのその後のノンフィクションを翻訳し続けているのも青木薫である。もはや名コンビ。その二人が放つ『暗号解読』、『宇宙創成』も輝いている。とくに暗号解読は、第二次世界大戦のドイツ軍のエニグマ解読に取り組んだ英国軍および学者たちの活躍を活写している。ベイズ統計学が出てくるところも大きな読みどころだろう。今年間違いなく読むべき二冊、っていうか明日読め。


文字を入れ換える。表を使う。古代ギリシャの昔から、人は秘密を守るため暗号を考案してはそれを破ってきた。密書を解読され処刑された女王。莫大な宝をいまも守る謎の暗号文。鉄仮面の正体を記した文書の解読秘話……。カエサル暗号から未来の量子暗号に到る暗号の進化史を、『フェルマーの最終定理』の著者が豊富なエピソードとともに描き出す。知的興奮に満ちた、天才たちのドラマ!



宇宙はいつ、どのように始まったのか? 人類永遠の謎とも言えるその問いには現在、ある解答が与えられている。ビッグバン・モデル。もはや「旧聞」の感さえあるこの概念には、実は古代から20世紀末の大発見へと至る意外なエピソードと人間ドラマが満ちていた――。有名無名の天才たちの挑戦と挫折、人類の夢と苦闘を描き出す傑作科学ノンフィクション。





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photo credit: Camerons Personal Page via photopin cc


そして最後に。上記のような数々の名翻訳を世に出してきた青木薫が初めて手がけた著作がこちら『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』だ。青木ファンなら見逃せない、まだ青木翻訳に馴染みがない人にとってはむしろここから始めてもいい、そういう一冊となるだろう。僕もいまKindle版で読んでいるところだが、現在「講談社現代新書の、Kindle 30%ポイント還元セール」の対象商品となっているだけに、もしもまだなら今から読むベシ。


かつて科学者の大反発を浴びた異端の考え方――「人間原理」。この宇宙は人間が存在するようにできている、という一見宗教のような見方が、21世紀に入った今、理論物理学者のあいだで確実に支持を広げている。なぜか? 宇宙をめぐる人類の知的格闘の歴史から最新宇宙論までわかりやすく語る、スリリングな科学ミステリー。科学書の名翻訳で知られる青木薫の初の書き下ろし!





2014/01/02(木) | Books | トラックバック(0) | コメント(0)

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